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1600年~1700年代初頭までの間に流行したバロック美術。「ゆがんだ真珠」という意味を持つ「バロック」は、もともとはルネサンス様式から派生した美術を批判する言葉でした。
ルネサンス美術はバランスの取れた緻密で優美な作風が魅力でしたが、バロック美術は動きが大きくなり、明暗もはっきりし、臨場感ある作風に移行していきます。ルネサンス美術が均衡のとれた構図だったのに対し、バロック美術は意図的にバランスを崩して表現。絶対王政が確立された背景も作品に大きな影響を及ぼしており、宗教改革後の反宗教改革運動などの影響も受けています。
描かれる対象もギリシャ神話や肖像画などが中心となり、肖像画は貴族だけでなく一般市民のものも描かれるようになったのもバロック美術の特徴です。他にも、バロック美術以前では描かれることのなかった風景画や風俗画、静物画なども描かれるようになりました。
なお、バロック美術の時代は「多様化」の時代でもあり、ルネサンス美術のように作家がみんな同じ表現を目指したわけではありません。バロック美術はイタリアに留まらず、フランスやスペイン、オランダ(ネーデルラント)などに広がりますが、地域ごとに違う美術文化が育まれました。
バロック美術の背景には、カトリックとプロテスタントの対立がありました。ルネサンスが終焉を迎えたのは宗教改革によりカトリックが力を失ったからでした。プロテスタントの基本的な方針は「偶像崇拝の禁止」。キリストはただ一人の存在であるため、像や絵を作成してはならないと考えていました。
一方で、カトリックでは偶像崇拝が認められていました。むしろダイナミックな作品を作り、信者を募ろうとしたほどです。カトリックにとって絵画や彫刻は広告の一環であり、できるだけ魅力的に見えることがポイントでした。
そのような違いがある中、カトリック側がプロテスタント側に対し、宗教美術を批判して反撃に出ます。また、字が読めない市民にまで信仰を広めるために美術作品の改革に着手。この改革の中心人物がミケランジェロミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョです。バロック時代は人間を中心とした絵が描かれる傾向が強まり、聖人の姿も庶民に寄せた姿で描かれるようになりました。
マルチン・ルターの宗教改革により、カトリック教徒の一部がプロテスタント側に流れ込んでしまいます。それにより力を失ったカトリックが、勢力を取り戻すために頼ったのがバロック美術でした。絵画や彫刻を、宗教を広めるための道具として活用し、信者を増やそうとしたのです。カトリック教会は画家や彫刻家に「躍動感ある作品を作って欲しい」と依頼しました。これがバロック美術の作風の礎になっています。
バロック美術で影響を与えた作家の一人にカラヴァッジョがいます。カラヴァッジョの作品は明暗がはっきりしているのが特徴的で、「テネブリズム」という技法を用いています。
テネブリズムは作品に躍動感を生み出し、ドラマチックな印象を与える技法。絵を見た人が思わず世界観に没入してしまう表現方法であり、カトリックの狙いに重なる表現方法でした。当時カラヴァッジョの真似をする画家たちは「カラヴァッジェスキ」呼ばれ、技術力の高さに魅せられ、真似をしていたとされています。
バロック美術を代表する作品を作ったアーティストとして、カラヴァッジョ(イタリア)を筆頭に、ルーベンス(フランドル)、ベラスケス(スペイン)、レンブラント(オランダ)、フェルメール(オランダ)などがいます。カラヴァッジョの代表作として知られているのが「聖マタイの召命」であり、ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂に描かれました。
また、ルーベンスは「キリスト昇架」が、ベラスケスは「ラス・メニーナス」が、レンブラントは「夜警」が、フェルメールは「真珠の耳飾りの少女」が有名です。ルーベンスが描いた「キリスト昇架」は力強い肉体とダイナミックな構図が魅力であり、ベラスケスは王室に40年も仕えた宮廷画家でした。
そして、レンブラントは光と影を操る名手であり、スポットライトの明かりが当たったような臨場感ある表現が評価されています。フェルメールは人々の日常を描いた画家で、はっきりとした明暗やダイナミックさはありませんが、庶民の暮らしや肖像画を繊細に表現しました。